思考の海で泳ぐ

読書日記や日々の考えたことを文字として産み落としています。

旅の教養としての読書|「大国の掟」佐藤優

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先日、「旅に出たい」と心が叫んだ。

2018年上半期は私にとって旅への挑戦シーズンであった。真夏の中央オーストラリアを車で縦断し、今度は真冬のロシアをシベリア鉄道で横断、からの東欧を何カ国か跨いできた。
オーストラリアに帰国して早3ヶ月。安定した毎日とは裏腹に、どこか知らない世界を覗いてみたいという思いがフツフツと沸いてきた。

 

私が「旅に出たい」と思うのは、広い世界を見たいという人間的冒険心と、新しいものに出会うことで自分の価値観をグラグラやってしまいたいという欲求があるからである。

実は今年以前の旅には”なんとなく”なものが多かった。日本に住んでいたとき韓国や台湾、フィリピンを訪れたが、それは「ここではないどこかへ行きたい」という気持ちからのもので、そんなちゃらんぽらんな動機だから実際に何をしたのかほとんど覚えていない。

冒険心だの旅への快感などは側近の旅で得た実感であり、ちゃんと目的を持って行った中央オーストラリアやロシアはしっかり覚えている部分が多く、わざわざ足を運んでよかったなと心から感じる。

逆にロシアの後に訪れた東欧諸国は、せっかくヨーロッパまで出てきたのだから見ていかないと”もったいない”という大阪のおばちゃん精神で行ってしまったため、パスポートを盗まれるという事件があったウクライナぐらいしか印象に残っていない。

「なんとなく」は「なんとなく」で予期せぬ出来事に出会えるという良い部分もあるが、旅を終え強く感じたのは、もっと知識を入れてから旅したいという気持ちだった。

 

恥ずかしながら、私はあまり世界のことを知っている方ではなく、地図上のどこにあるかさえ分からない国も多々あるし、大国でも政治的な関係性や宗教もしっかりとは理解していなかった。

適当にこの景色見て見たいと観光地を選ぶことはできるが、私は現地の人と交流したり文化を体験したりするのが好きなので、その国自体のことを知らないと行きたいかどうかすらわからない。1つの国を絞ってウィキペディアなどで情報を入れることはできるが、大陸国を訪れてからは隣国との繋がりも大事だなと感じるようになった。

ということで、次回旅に出るなら世界のことをもっと知ってからと、今は勉強中という処遇である。

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(写真はシベリア鉄道乗車時に撮影)

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今回手に取ったのは佐藤優「大国の掟」

佐藤さんは在ロシア(ソ連日本大使館に勤務していた元外交官で、私の敬愛する作家でロシア語通訳者でもある米原万里さん経由で佐藤さんのことを知った。

専門的な話だったらどうしよう、と予備知識の乏しい私は恐る恐る読み進めていったのだけれども意外と理解できたので、私のような世界情勢初心者の方にオススメできる。

本書の内容に触れると、

国際情勢について解説する本はたくさんあるでしょう。しかし、情勢は巡るましく動いていきます。いくら最新の情報とはいえ、たちまち古くなってしまう。重要なのは、表面的な情勢がどう動いたとしても変動しない「本質」を把握すること。言い換えれば、アメリカをはじめとする「大国を動かす掟」について理解を深めることなのです。(「大国の掟」p.9)

世界情勢を正しく理解するには、表層だけを追いかけるのではなく、変わらない部分、つまり、積み重ねてきた”歴史”と”地理”という物理的な制約を理解することが必要である、と佐藤さんは語る。

世界を理解するためには歴史を勉強するのが良い、と大人の教養として歴史本などはよく見かけけれども、それを”変わらないもの”として国の傾向を分析をし、さらにその背景として地理的な見解を含めたものはあまり手に取ったことがなかった。

変わらないものとして歴史、地理、そこに宗教をプラスして本書は展開していく。全ては密接に関係しているので、その繋がりにハイライトをおいた解説はとても分かりやすく読み応えがあった。島国で(主に)単一民族国家である日本で生まれ育った私からすると、特に中東あたりの大陸国家で民族や宗教の違いが複雑に交わっているエリアは苦手意識が強かったが、紐解くように一つずつ丁寧に話を進めてくれたおかげで、なんとなく全体像が掴めたように感じる。

 

こうした地理的な環境が国家の歴史や政治的側面に与える影響を研究する学問を地政学と呼ぶのだけれど、地政学は 戦争を正当化するために利用されたという事実から(今もロシアはバリバリ使ってる)、戦後の日本では研究するのも教えるのも避けられていたそう。

けれども、この複雑な情勢下、地理と歴史の関係性を無視して現在起こっている出来事を理解することは困難だし、私のように自分で現地に足を運び、ここに山がある、ここには河がある、だからここの文化や人はこのようなのだと確かめたい旅人にとって地理という要素はかなり大事だなと読了後、改めて感じた。

 

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本書では地政学やらシーパワー、ハートランドなど聞きなれない要素もあったがよく理解でき、最後まで読むことで、頭の中に世界地図が広がった。言うなれば、世界を見るための大きな枠を与えられたような感じだ。

もちろん、1冊の本で世界を理解することなんて到底不可能なので、今後はジグソーパズルのピースを埋めていくように、気になったことを一つ一つ調べ、貯めてきた知識を現地で答え合わせし、同時に自分の体験として深めながら、自分の世界を広めていく予定だ。

 

今回特に気になったのは新疆ウイグル自治区や中東の”国境”という問題。海で全方向を囲まれた日本にとって国境は海岸線を意味するので分かりやすいけれど、大陸かではそうはいかない。

本によるとイスラム教の世界観では国境というものが認められておらず、ムスリム圏であれば人は自由に移動できるそう。しかし、そこに欧州の事情で国境を引き、それによって人々の移動が制限されてしまった。国という単位は世界共通で当たり前なものだと思っていたけれど絶対的に良いシステムというわけではない。1つ1つの国として認識することで逆に頭の中の世界地図では靄がかかっていたように感じる。勉強を続けて近いうちにぜひ訪れてみたいと思う。

 

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旅に出てみてよかったなと思うことの一つに、世界を自分ごととして考えられるようになったということがある。

私が訪れたのは200か国以上ある国々の中のせいぜい10数カ国だけれども(しかも旧ソビエト圏ばかり)、例えばEUとロシアの間に挟まれたウクライナの状況など訪れるまでは少しも考えたことがなかった。ロシアなんて寒くて広いぐらいしかイメージがなかったけれども、そこに知っている土地と人があるから、外交上のプーチンの動きなんかがよく目に入るようになった。

反対に海外を見ることによって、日本の動向もきになるようになり、今まではどこか他人事だった世界のことがどんどん近くに感じ、いい意味で世界が小さくなったように思う。

学生時代、世界のことについてたくさん学んできたけれど、学校で教わることはどうしても受け身で、それが自分の何かと繋がっているようには考えられなかった。高校時代は世界史と日本史をとっていたけれど、この時の勉強はキーワードや年号を頭に叩き込むだけで実際は全く実用的じゃなかった。

大人になってから「学生時代にもっと勉強しとけばよかったな」と思う人が多いと聞いたが、個人的には、意味のない詰め込み学習なんてせず、もっと早い段階で世界に飛び出していたかったなと思う。

 

まあ、そんな過ぎた過去を思い起こしても仕方がない。「今の自分が一番若い」という言葉を噛み締めて、貪欲に自分の世界を広げてゆこうじゃないか。

大国の掟 「歴史×地理」で解きほぐす (NHK出版新書)

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